やがて訪れる朝日。何時に終わるのかも分からない、別れ。
どこかへ逃げることも出来ずに、ただそれを待つ。
もう子どもではないのだから。
子どもなら、それを受け入れることを拒んで逃げ出していたのかもしれない。
…諦めて、全てを受け入れるのが大人だと言うのなら。
もしかしたら、まだ大人になりきれていなかったのかもしれない。
窓から見上げた月は、今日も青白く。
まるで彼らを嘲笑うかのような月光。
それでも、ただ俯いて何も言わずに。
互いに、相手の目を見ることも出来ずに。
時計の針が、刻々と時を刻むのだけを聞いていた。
ここでどうしていようと、夜が終わって朝が訪れる。
希望も何もない、大切なものを奪っていく残酷な朝が…。
例え話をしよう。
とある崖の上に花が一輪だけ咲いていたとする。
それを取りに行くには、崖上りが得意な者であったとしても非情に危険だ。
当たり前のように、落ちたら命は無い。
そして、そこに咲く花は何も貴重なものというわけではない。
特別に綺麗なわけでもない。怪我や病気に良く効くわけでもない。まして、そこにしか生えていない、なんてこともない。
欲しければ、別の場所で幾等でも手に入るだろうもの。
しかし、『彼』はそこに咲く花が欲しかった。
だから、危険を顧みることもなく崖を上った。
垂直で、足場になる凹みや掴めそうな取っ掛かりもほとんど無い。
だから何度も落ちかけた。擦りむいたとか、擦ったなんて程度じゃない。
手の皮が剥けても、どれだけ打っても、それでも『彼』は上り続けた。
諦めかけた時もあった。それでも上り続けた。
そうして、『彼』は手に入れた。
他の誰にも理解出来ない、『彼』にとって何よりも価値のある宝物を。
だけど、奪われた。
何度も諦めかけて、何度も血を流して。そうしてやっと手に入れた大切なモノを。
それに、世間が気にかけるような価値が見出されてしまったから。
この世界にたった一つだけの至宝だと、されてしまったから。
このまま何処かへ逃げてしまいたい。そんな想いを押しつぶして。
文字通り、他に誰も居ない…天涯孤独の身であったなら。
家族も、友人も、何もなかったら。
ありえない。
頭を軽く振って、そんな考えを追い出す。
…明日の朝、分かれたら。
今度は何時会えるのか、分からない。
残された時間、何もしていない。ただ、こうして…窓から差し込む月明かりを照明に、じっと向き合っていただけだ。
不服そうに、暴れだしそうな感情も欲望も、何かもを押さえ込んで。
一生懸命に作った笑みを貼り付けて…自分でも、歪んでいるとハッキリと自覚しているが。
出来るだけ、何気ない調子で…まるで、明日も今日まで同じ日が続いていくかのような、そんな声音で。
「大丈夫だって。もう二度と会えないわけじゃないんだから」
薄っぺらい説得力。いや、欠片も無い。
背後で影が嘲笑う。黙れと振り返らずに睨み、誤魔化すように続ける。
「だから…だから、さ。暇を見つけたら…いや、無理矢理作るから。だから、また…」
だけど、続かない。
そんな時が来ないって…どこかで知っている。気付いてる。
その言葉を守れないって。だから、言い切れない。だから、途切れる。
…だから、聞こえてきたのだろう。
声を殺した嗚咽が。
ほとんど聞き取れないほどに、小さなそれを。
…だけど、それに気付かない振りをして、目線を逸らす。
慰める言葉など初めからありはしないのに、それでも何か言おうとして…傷口に塩を塗りこむだけだと分かって、呻きに変わる。
背後の影が、声をあげて笑った…気がする。とても愉快そうに…癪に触る。彼を見下した笑い。
ガリリ…っと音がする。噛み締めた歯が擦れて、嫌な音を立てる。
何もかける言葉が無いのなら、せめて。
頬を伝う雫をぎこちなく…繊細なガラス細工に触れるかのように、拭う。
意識しないで済むようにと、僅かに触れる程度に留めたのに。
それでも、指先から伝わる暖かさと柔らかさが…未練や後悔の存在を意識させる。
腕を伸ばしかけて…壊れかけた理性がそれを踏み留まらせる。
傷つくだけだと。
今、手を伸ばして、それを手に入れても…ただ、互いに傷をえぐって、深くするだけだと。
…だけど、影は耳元で囁く。
「それでいいのか?」と。
やっと手に入れた自分だけの花をやすやすと奪われていいのか、と?
何もしてやれることなく、決して出られることのない、開け放たれた牢獄へと引き渡していいのか、と?
背後で、隠すことなく声をあげて嘲笑うその影が。
その金切り音のような笑い声が、嫌で。
どろりとした手で触れてくるのが、たまらなく嫌で。
ぞっとするほどに冷たい、不快でしかないそれを振り払いたくて。
押し留める、内なる自分さえも無視して、彼女を抱きしめた。
何処にも行かせたくない。自分の側でずっと微笑んでいてほしい。
願うのも…そして、似合うのも、その姿だと思っている。
それで、糸が切れてしまったのだろう。
彼女は、声を押し殺すこともなく…ただ、泣いた。
ずっと…ずっと。喉が裂けるのではないかと思うほどに。
彼にしか聞こえない。他の誰にも聞こえない。まるで、それは…葬送曲。
唐突に、彼はふっと力を抜いて後ろへと倒れこむ。
ドサリ、と重いような…軽い音。
彼が手を伸ばすよりも先に、彼女が耳元で囁く。
「 」
薄く笑って…どこか、無理している…そんな笑顔で。
「皺になっても…ちゃんと洗って…、アイロンを掛けて…」
分かっている。そんなこと、出来ないって。
そんな矛盾した、無意識に零れ落ちた言葉が。更なる涙を誘う。
それをそっと舐めとり、唇を頬から首筋へと這わせる。
例えようのない暗闇に、深みに溺れ沈んでゆく中で、ぼんやりと思う。
…次に、こうしてこの腕に彼女を抱く時は訪れるのだろうか…と。
「…………昔の夢、か」
目覚めきっていない身体に無理をさせることなく、転がったままで彼は呟いた。
言うほどに昔というわけでもない。ほんの、数年前のことだ。
…けれど、その数年がどれほどに辛い時間だったか。
何時か、きっと。根拠の無い、薄っぺらな希望に縋らないといけない現状。
この恩恵を当たり前のように感じて、感謝なんて無くした人間。
一体何人の人間が、それを自覚しているというのか。
「…俺達の犠牲の上に、今が成り立ってるってことに、な」
呪うようにそう言ってから、苦い笑みが浮かぶ。
彼女なら、そんなことは思わないだろうし…思っても、決して表に出さないだろう、と。
ノロノロと起き上がり、脱ぎ捨てて放置されたシャツに手をかける。
ちゃんとハンガーにかけてないから…すっかりと皺になってしまった。
それに袖を通しながら、ため息をゆっくりと吐き出す。
このシャツにアイロンを掛けてくれる人は、今はどこまでも遠く。どれほどに近くに寄ろうとも、近寄れない。
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あとがき
最初にまず謝っておきます。櫻井笹さん、ホンットウにごめんなさい!!
先にこのネタ書いちゃいました…しかも思いっきり貴方の考えてたようなノリで…(汗
が、まぁ…全然甘くないですが…むしろカカオ99%チョコを二〜三個まとめて頬張るようなビターさです。
…しかし、これくらいなら裏ページとかに置かなくていいよね!? 誰か、いいと言ってー!!
…しかも名前一回も出てないし、セリフが半端なく少ない!!
あ、あと「 」の空白ですが反転ではありません。
とてもじゃないけど書けないセリフが入ります、でもそれは読んだ人の想像で補ってください(マテ
※ 時と場合によって予告なく削除する可能性あります。お持ち帰りはお早めに。